場所と番地:普済路124号、大漢渓と対面し、桃園台地を眺めることができる。
構築する経緯: 清朝の嘉慶3年から建て始め、嘉慶6年までに(西暦1801年)落成。
             道光15年(1835年)鍾氏という信者は募金修繕;明治37年
             (1904年)大渓の郷里の官民紳士らは、廟宇が傾いて、崩壊される
             恐れがあったため、 募金活動と大型の修繕が再開された。それに
礼拝亭も増築され;大正14年(1925年)再び資金を集めて、徹底的に修繕が
施された;昭和9年(1934年)本来の礼拝亭を重簷式拝亭に改め、それ
以来、現在施工されている修繕工事が施される前に修繕することが
   
沿革
◆  普済堂は明治34年(西暦1901年)に建立られ、もともとは私設霊媒の廟宇であったが、義を提唱し、善を行ったせいもあって、信者が日増しに増え、廟宇の広さが徐々に狭くように感じられ、それがために信者衆は資金を集め、現在の場所を買って、廟宇が建てられた。その後、私設の堂から廟宇に変わった。

◆  明治40年(西暦1907年)、地方の官民紳士は本廟宇の立地条件が優れた点に目を付け、信者衆から資金を集め、本廟宇を本館用の五軒の建築物に改築させ、両脇には保護する役割が果たせる廊下も建てられた;民国6年、礼拝亭が増築され、正式な廟宇に成られた。民国9年、落成記念の祭事が行われ、各地四方から本廟宇の神様の霊を信仰する男女信者達が相次いで礼拝に参ることがあり、それがために第子衆が住民参拝の団体を相次いで成立させることになり、結局のところ、信者団体の衆議で毎年の旧暦6月24日に武聖関公の聖誕として決められた。民国50年には廟宇が長い歳月の風雨に侵蝕された跡が
 できて、再び修繕する工事が企画された。民国54年に廟宇の改築が完成された。民国87年に再び修繕工事が施されて完成をした。
   
祀っている神様
◆  主に祀っている三聖恩主: 関聖帝君(武聖関公)、孚佑仙祖、九天司命、三尊の泥造りの神像はすべて福州派の唐山大師である林起鳳 氏の手によって作られたことである;左右の偏殿には、延平郡王、文昌帝君を各各に祀っている。このほか、太陽星君、太陰星君、周倉及び関平将軍のお二人も祀されている。民国68年五月二十日、故総統 蒋経国氏は本堂を訪問し、なお、彼が中国大陸から持って来た青銅で造られた武聖関公の座り姿の全身彫刻銅像一座を廟宇に贈呈した。同年の旧暦6月23日、総統府顧問であった魏景蒙氏を特派し、武聖関公の銅像を警護し、本堂までに届けさせた。これによって、普済堂の
 名声も大いに高めたこととなった。

神像の造型の美
◆  普済堂の神像は福州派に属されている。造型技法が熟練し、神像全身割合の比率が精確的に造られている。面部の表情も生き生きとした感じがあり、彫刻造型の精緻さと華麗さは頂点に達している。台湾神像の彫刻は泉州、章州.福州などの三派別があり、泉州派の神像は造型的に濃厚の重さがあって、色づけには艶ぽっく華麗さが一杯、立体的な細緻さが見られている;章州派では、神像の粗坏が造られた後に細部を亘っての整理技法が優れている。例えば、神像衣服の皺折りの変化が富んでいる;福州派では、擬人手法に長けているため、比較的に写実感が出られている。また福州派ではその他の両派の長所にも
 兼有している。

宗教的な祭り及び文化的な季節毎の催事
◆  旧暦1月と12月初旬の起斗、完斗法会(道教の祭り名)及び旧暦6月24日に行われる武聖関公聖誕祭りなど、廟会活動の賑やかさと盛況ぶりは、大渓の最大のイペントであり、その盛り上げられている様子も現代までに伝承されている。






 
◆  武聖関公の聖誕には、6月23日の夜間から、廟宇前の広場で祝い活動が展開され、24日に武聖関公の聖駕を迎え、各市町村に巡回をし、陣頭(聖駕の前に道の障害を取り除く兵士達の役を演じる隊)と神轎は各市町村を巡りにして、国の富み、民生の安定を祈願し、聖誕を祝う祭りの最大のクライマックスである。勿論、武聖関公は毎年大渓の神轎巡回祭りの主神である。巡回祭りは行われる時に、獅子舞及び民間雑技団体が誰にも精いっぱいで見せる芸と技を繰り出している。精彩に富む芸に目を奪われる余裕さえ残されていないほどである。これは大渓にとって一年一度の最大の祭りである。


◆  「社頭」というのは、一般的に炉主(募金活動を担当する役)からの招きによって、民間人自ら組織した神様に奉仕するための団体である。二十数個の「社頭」(本来には23個、現在は28個までに増えた)は、6月上旬から巡回祭りの陣頭のパレード事情を準備することに当たっている。当日のパレード隊は、三つのグループに分けられ、各自に違った社頭により指揮する責任に任せられている。
 
    朝には巡回祭りの経路に沿って、巡回出演が行われ、午後になると続々と各種の陣頭が例えば、獅子舞団体、巨龍陣、北管音楽団体及び西皮音楽団体の演奏、八家将ないし七爺八爺等の神様の「俑仔陣」(神様の服装を着飾られているる陣頭)、高竹足の陣(高い竿で造った歩く道具に踏んで歩くをする演出陣頭)素蘭嫁入り陣、女子が跳躍する太鼓陣、電子音楽を放つ車両陣、陀螺を遊んで見せる陣。。各種類の陣頭が総繰り出されているため、祭りの観衆は思う存分にパレード隊と各種陣頭の芸を楽しむことができる。